国産木製棺製造│日本コフィン│広島県府中市

 このところ、お墓や位牌、仏像までも廉価な外国製品ばかりが目につきます。まるで外国そのものを拝んでいるかのようです。
 この国からあらゆる伝統技術がなくなるのではないかと、危惧します。そして今、最も気になるのがお棺なのです。
 最近は大量死の可能性を考慮し、常にある一定量のお棺をストックするようになりました。それはやむを得ないにしても、どうしてそれが外国製品ばかりなのでしょうか。
 日本人は木の国の民族ですから、「古事記」には樹種ごとの木の用途さえ記載されています。棺は樟とありますが、その後もより適した材料を求めつづけ、広い目で新たな素材も開発してきました。そのような日本の伝統を踏まえたお棺こそ、日本人として誇り高く亡くなった故人には相応しいのではないでしょうか。
 燃えても毒性分の出ない素材を厳選し、心を込めて作られた日本人のためのお棺を、ここに提案いたします。
2015年3月吉日 玄侑 宗久 謹誌

 1956年、福島県三春町生まれ。安積高校卒業後、慶應義塾大学中国文学科卒。さまざまな仕事を経験したあと、京都天龍寺専門道場に入門。2001年、「文学界」に掲載された「中陰の花」で第125回芥川賞を受賞。2007年、柳澤桂子氏と往復書簡『般若心経 いのちの対話』で第68回文藝春秋読者賞を受賞。2014年3月、東日本大震災の被災地を描いた短編集「光の山」で平成25年度(第64回)芸術選奨文部科学大臣賞。小説作品のほか仏教や禅にまつわるエッセイ・対談本も多い。2008年2月より福聚寺第35世住職。また妙心寺派東京禅センター理事、福島県警通訳、京都花園大学文学部仏教学科および新潟薬科大学応用生命化学部客員教授など。

ベストセレクション
桐
栓
桜
檜

 白雲といえば「悠々」という形容詞が浮かぶ。しかし「悠」とは本来、孤独を憂い悲しむ心情である。孤独と自由とは背中合わせ。孤独が楽しめる境地こそ「白雲」の如き悠々自適であろう。覚悟の据わった故人には、自由に悠々と虚空に遊んでほしい。

【寸法】
M:1805×515×390
L:1910×545×420
【寸法】
M:1805×515×390
L:1910×545×440
【寸法】
M:1805×520×405
L:1910×550×440
【寸法】
M:1805×520×420
L:1910×550×455
【寸法】
M:1805×515×390
L:1910×545×420
【寸法】
M:1805×515×405
L:1910×545×440
【寸法】
M:1805×520×415
L:1910×550×450
【寸法】
M:1805×520×420
L:1910×550×455
【寸法】
M:1830×560×420
L:1935×575×455

 古来日本人は、樹木に精霊が宿ると考えた。それが木霊(こだま)である。山に向かって声をかけると、一息遅れて返事するように声が還ってくるが、それも木霊の仕業だと思ったのである。人はその死後に木となり、自然に還るのだとすれば、木霊も我々の先祖たちかもしれない。

【寸法】
1915×580×500
【寸法】
M:1805×520×425
L:1915×580×500
【寸法】
M:1805×525×455
L:1915×585×500
【寸法】
M:1805×525×435
L:1915×555×460
【寸法】
1805×525×455
 
本印龍、元禄は商標登録商品です。

「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例(ためし)なし」『方丈記』に説かれる無常観は、個の儚さと同時に、逆に繋がりゆく「流れ」を感じさせる。「つなぎ」としての人の生は、変化しながらもきっと受け継がれていくはずである。

【寸法】
M:1805×530×405
L:1910×545×440
【寸法】
M:1805×530×405
L:1910×545×440
【寸法】
M:1805×530×390
L:1910×545×420

Zero Styleは意匠登録出願中です。

 青山とは、死んでもいいと思える場所である。「人間(じんかん)至る処青山あり」。故郷を離れても、自ら親しみ、思い定めた処こそ青山であろう。「分け入っても分け入っても青い山」と山頭火は詠んだが、山とは死と再生の場所。人は死ねば山に帰り、やがて里を守る神になる。「青山」には循環の思想がある。

【寸法】
M:1805×530×435
L:1910×545×465
(オプション:蓋部 紐飾り)
【寸法】
M:1805×530×435
L:1910×545×465
 

Zero Styleは意匠登録出願中です。

 花といえば櫻。西行をはじめ多くの人々がその花の精に魅せられた。世阿弥は人にも「真の花」が咲くと言ったが、花である以上いずれは散っていく。故人が一生かけて咲かせた絢爛たる花が、やがて実を結ぶ日を遥かに感じながら散っていくのである。

【寸法】
M:1805×520×390
L:1915×550×420
【寸法】
M:1805×520×390
L:1915×550×420
【寸法】
M:1805×520×390
L:1915×550×420
【寸法】
M:1805×520×390
L:1915×550×420
【寸法】
M:1805×520×390
L:1915×550×420
【寸法】
M:1805×520×390
L:1915×550×420
 リンダは、自然破壊に繋がる乱伐や違法伐採等により得られた樹木ではなく、森林が備える自然の再生力を高め、持続が可能なように管理された樹木(天然パルプ)を主原料にしています。  リンダは、主原料がパルプであるため、自然に還すと生分解して最終的には、炭酸ガスと水になり植物に吸収されます。
 また、合成繊維より小さい燃焼カロリーで焼却処分できるうえ、有毒ガスの発生もほとんどありません。

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 山色清浄身と、禅では言う。花と違い、紅葉には何の意図もなく、たまたま枯れゆく過程だから花よりも気高く清らかだというのである。また「淨」とは成すことを成し終え、鋤や鍬を洗って立てかけた姿。「裏を見せ表を見せて散る紅葉」と良寛和尚は辞世に詠んだ。愛でつつ見守る眼が嬉しい。

【寸法】1900×560×470

 歌川廣重の「月に雁」は名作として名高いが、月は昔から異界を代表し、『竹取物語』においても死者の国として描かれる。雁はむろん塒(ねぐら)に帰ろうと飛んでいくのだが、我々にとっての塒とはどこなのだろう。きっと我々も、懐かしい場所に帰っていくはずである。

【寸法】1900×560×470
「空」に還るまえに 玄侑宗久

 人は「四大分離」して「空」に還る、というインド由来の死のイメージを、日本人は四季の移ろいのなかで捉えているような気がします。「空」という文字じたい、「くう」と訓む以前に「そら」でしょうし、季節によってそれは別世界のように変化します。この国には豊かな四季があり、その移ろいによって心身の状態も一変しますから、死によって還っていく自然のイメージも多彩なのです。
 この国の文化的蓄積の中から、還っていく自然の象を7つに絞り込んでみました。これがいわば私の葬儀における引導の代表的な案内先です。「白雲」「木霊」「流水」「青山」「花吹雪」「月に雁」「紅葉」、それらと故人が同化する場面を、私は引導のなかで思い描くのです。
 人間、到る処「青山」あり、ともいうように、「青山」とは死んでもいいと思える場所のことです。しかしどうしてもそれは現実の夏の遠山に重なりますし、「流水」も夏こそ清々しい。「月に雁」や「紅葉」は静かな稔りの秋。あるいは塒に還り、あるいは大地に散り敷く錦繍のイメージです。「白雲」「木霊」などは季節によらず、すぐそこにある異界という印象かもしれません。
 いずれにせよ、故人と遺族、送られる側と送る側の思いが、人生模様や季節や感覚において、どこか一致する地点を見いだしてから見送らなくてはなりません。それが引導の基本的な作法です。ならば少なくとも、このくらいのバラエティがお棺にも求められるはずなのです。

 日本コフィンは、聞けばお棺に初めて窓をつけたとか……。これも見送る側と見送られる側の思いに寄り添った結果でしょう。またこの国では、故人がお棺の中で合掌するという麗しい習慣が今もあり、その手が蓋にぶつかることを危惧し、やはり平山社長さんが初めて蓋を湾曲させたR棺を開発したといいます。
 日本人のための葬送を、常に真剣に考えつづけてきた結果がここにあるお棺なのでしょう。
 どうせいつかは入る、一時的ではあれ必ず入るお棺です。送られる人の思いを深く考慮し、送る側の思いもできるかぎり明確にするために、ここにある日本人のためのお棺をお勧めしたいと思います。
 人の誕生は四大(地・水・火・風)が仮に和合したもの。死はそれらが分離すること、というのが仏教的認識ですが、分離して「空」に還るそのまえに、私は故人たちに日本らしい豊かで美しい自然の情景を通過してほしいのです。

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